メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年|国立新美術館(22.2.9~5.30)

メトロポリタン美術館所蔵の西洋絵画の展覧会で、美術館の一部改装にともなって実現したもの。大阪、東京の2会場を巡る巡回展。計65点で、日本初公開のものがほとんど。

ビック・ネームがずらりと並ぶ展覧会で、しかも遠目に見て誰の作品か推測つくような特色の出たものも多く、これだけのものを持ってきたらメトは空っぽになってしまうのではと心配だったが、どうやらそれほど影響はないようだ。凄まじいコレクション。またオールド・マスター中心なのもうれしいところ。印象派以後は日本にもそれなりにいいのがあってみる機会が多いけれど、とくに海外旅行が難しい昨今、それ以前の西洋絵画を見る機会は少ないから。

特にお気に入りを3点選ぶと、カルロ・クリヴェッリ《聖母子》(3)、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《聖母子》(24)、ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーヴェネツィアサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む》(48)。


クリヴェッリのこの硬質な感じが好き。


西洋絵画で最も好きな作品のひとつがプラドにある《ロサリオの聖母》。それに似た雰囲気で魅力的。


輝けるターナー

〈追記〉
再訪したので。上記3点が特に好きというのは変わらず。いくつか気になったことなどを。

フラ・アンジェリコ《キリストの磔刑》(1)は、倒れ込むマリアが顔色が悪くゾンビのように見えてしまった。そんなマリアを気にして磔にされたイエスそっちのけになってしまってる。ディーリック・バウツ《聖母子》(10)は写実的で、身近にいる人でもモデルにしたのだろうか。聖母子像一般が持つ神々しさまたは親しみやすさみたいのから離れた作品に見える。ハンス・ホルバイン(子)《ベネディクト・フォン・ヘルテンシュタイン》(13)は「油彩、金 / 紙、板で裏打ち」という。紙に描かれた油絵だとのこと。ルカス・クラーナハ(父)《ハリスの審判》(14)のメルクリウスは黄金のリンゴの代りになぜか水晶を手にしている。魚デザインの被り物または飾りが気になる。エル・グレコ《羊飼いの礼拝》(15)。光源どこなのだろうと思ったらイエスが発光していた。絵の右側の謎の小人。ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドニス》(17)。ヴィーナスは何に座っているのだろう?狩りに行ってほしくないというヴィーナスの表情はたまらなくいいが、対するアドニスの表情はどういった感情なのだろうか?

ペーテル・パウルルーベンス《聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ》(18)。イエスが生意気そうな顔だ。フランチェスコの目が血走っているように見える。そして背景に同化して影の薄いヨセフ。ルーベンスは有名な割にこじんてきにはあまりピンとこない画家で、この作品もまた。ティエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス《男性の肖像》(20)、ベラスケスと工房《オリバーレス伯公爵ガスパール・デ・グスマン》(21)。再訪してよかったのはこのベラスケスの2点の魅力を堪能できたというのが1番。いい顔、いい肖像。カラヴァッジョ《音楽家たち》(26)の官能!アントワーヌ・ヴァトー《メズタン》(41)は上を向いた男を描いていて、こちらからは斜め下から顔をみることになるけど、これがうまい。エリザベート・ルイーズ・ヴィルジェ・ル・ブラン《ラ・シャトル伯爵夫人》(44)もうまかったなあ。凭れるクッションにできたシワとか、服の質感とか。だからなんだと言われると困るが。ジョシュア・レノルズ《レディ・スミスと子どもたち》(46)。こしゃまっくれた感じの子どもやなぜか物憂げな表情の母親とか、モデルの要望や容認をへて描かれた絵であろうことを考えるとおもしろいなあと。

ギュスターヴ・クールベ《漁船》(49)は水際に打ち上げられた破船に見えるが、家に飾るには縁起が悪そうだ。ジャン=レオン・ジェロームピュグマリオンとガラテア》(51)もうまかったなあ。肌や肉の感じがいい。オノレ・ドーミエ《三等客車》(53)。一面に升目が引かれていたり、下絵のような線が残っていたりと、未完成のようにも見えるが、しかし魅力的な絵だ。オーギュスト・ルノワールヒナギクを持つ少女》(57)。いい絵だとは思うが、ルノワールの少女に対する視線はどうにも気になる。というかちょっと気持ち悪い。この絵も相変わらず。ポール・ゴーギャンタヒチの風景》(60)。いろいろ問題ある人のようだけど、やはりいい絵を描くよなあと。ポール・セザンヌ《リンゴと洋梨のある静物》(63)。単なる静物画なんだけど、この力強さや存在感はすごいな。